まだ俗世に戻ってから間もないですが、私は先日(7/17~7/28)の間、京都にあるヴィパッサナー瞑想の合宿に参加をしてきました。
【実録2018】聖なる沈黙からの解放、10日間のヴィパッサナー瞑想の合宿に参加してきました!(前半)
後半戦のはじまりです。
4日目~:本格的なヴィパッサナー瞑想法の伝授!
4日目の午後からいよいよ本格的なヴィパッサナー瞑想のやり方を教わります。
今までの3日間は、ただひたすら呼吸をして鼻の下と唇の間に意識感覚を持ち観察を続けるというものでした。
ヴィパッサナー瞑想では、「その意識している感覚を頭の頂点から順番に顔を通り、首の下へ移動し、右手の肩付近から指の先までといった感じに意識を体系的に動かし、出会うすべての感覚を感じて身体のすべての部分を順番に丁寧に観察しなさい」と言われます。
はっきり言って急に高度なことを要求されて困惑しました(汗)。
しかも相変わらずゴエンカ氏の説明の仕方が回りくどく、小出しに出してくる感じでイライラしてきて全然集中して講義を聞けませんでした。
ただし、ヴィパッサナー瞑想のやり方を教わると、ひたすらその意識感覚を動かす瞑想法を練習します。
そして夜の講話では、ヴィパッサナー瞑想をやる意味や効果やなぜそれを続けることで最終的な解脱(げだつ)に至ることができるのかを勉強します。
ちなみに解脱には4段階あり、悟りを開いたブッダは最終的な4段階目の悟りまで一気に辿りついたようです。(天才としか言いようがありません)
5日目~9日目:感覚を動かすレベルをさらに引き上げる修行!
ヴィパッサナー瞑想のやり方を教わりましたが、正直なところ私は感覚を順番に動かし続け観察し続けるというのがおもしろくなかったですし、体感としてよくわからなかったです(笑)。
イメージとしてレントゲンのスキャンを順番にやる感覚で瞑想の修行をしていましたが、集中力が続かないですし、座っていると色々な身体の箇所が痛くなってきます。
しかし、それでも日数を追うごとに修行のレベルは上がっていき、グループ瞑想で座っている1時間のあいだは、どんなに身体が痛くなろうとも一切身体は動かさず、途中で目を開けてもダメでひたすら感覚を動かし身体に起こる変化を観察し続けなさいと要求されます。
なので、グループ瞑想がはじまり沈黙のときが続き...
「アニッチャー!」(無常)
とゴエンカ氏の声が響くと1時間の瞑想が終わった合図でみんな一気に姿勢を崩し、5分間の休憩を告げられるとダッシュでトイレに駆け込んだり、お茶を飲みに行ったりしていました。
しかも休憩に行く時の足取りは軽いですが、鐘の音を鳴らされまた瞑想ホールに戻らないといけない時のみんなの足取りと表情はとても暗く重かったですし、私も心底イヤでした(笑)。
10日目~11日目の午前まで:聖なる沈黙からの解放!
ヴィパッサナー瞑想の感覚を動かすことを徐々に左右対称同時にやり、頭の先から足の先までを5分~10分で動かし、足の先から頭の先までという感じでスピードアップを要求されます。
ここまで来ると半分やけくそ状態でできてるつもりで、感覚意識を動かしていました。
そして私は個人瞑想の時間は、数10分程度ですぐに外に出て京都の山の田舎の景色を見ながら黄昏ながらサボっていました(笑)。
早朝の朝霧が出て朝日が昇り出す神聖な空気感・日中の日差しが出てきて蝉の音がうるさい感覚・きれいな夕日が出てきて茜色に染まる空模様など、普段の日常生活では味わうことができない時間の移り変わりの瞬間を外に出て私は体感していました。
11日目の午前になると、ブッダの慈悲の瞑想を教わり鐘の音が鳴り聖なる沈黙からは解放されます。
実は軽いショック状態にあるらしいので、聖なる沈黙を解放して、今まで共に修行してきた人たちと残りの約1日間の時間を会話をしながら俗世に戻る準備をすることがとても大切なようです。
やっとお互いのことがわかる瞬間!
正直言って聖なる沈黙から解放をされても最初はみんな戸惑います。
しかし、過去に参加したことがある古い生徒の方々が話かけてくれると一気に場は和み一気にしゃべり始めます。
とくに外国人なんかは一気にマシンガントークが炸裂します(笑)。
つたない英語で会話したり又聞きの情報で詳細が合っているかは定かではありませんが、日本人以外に参加した外国人は...
・フィアンセ(婚約者)と一緒に旅行しながら参加をしたプリンス似のポルトガル人。(同じ部屋)
・過去に海外の施設で参加したことある古い生徒であるイギリス人と東南アジア系の人。
・約3年間、世界中を放浪の旅をしているアルゼンチン人。
・ハリウッドスター並みのイケメンで恐らくプログラマーであるアメリカ人。
・私が持参してきたサンダルを自分のもののように勝手に履いていた学生っぽいアメリカ人。
・見た目は完全ヒッピーで、よく外でサボっていた仲間である実は考古学者で世界中で仕事をしているアメリカ人。
・沈黙が解かれた後も誰とも話さずひたすら修行をしており、見た目も聖職者みたいな本当に謎な人。(見た目はヨーロッパ系)
などなど。
日本人同士でも残念ながら全員の方とは会話はできませんでしたが、やっぱりみんな瞑想の修行はしんどかったと言っていました。
中には約20回も参加している強者もいましたが...
2回や3回とリピートしてヴィパッサナー瞑想の修行を続けている人たちは何人かはいましたが、1990年代の後半から通いはじめ約20回ほど参加してきた強者の方もいてびっくりしました。
お話を伺うとやはり定期的に参加していないと瞑想する感覚や忍耐力が低下してきて、瞑想ではなく迷走してしまうことが日常生活であるとのことでした。
解脱を体験するまでの道のりはやはり厳しく遠いようです。
聖なる沈黙は解かれましたがまだ修行の日程は続きます!
11日目~12日目の朝までは瞑想の修行は続きますが、一旦話し出すとグループ瞑想の時間に瞑想をしても変な雑念が生まれてきます。
やはり聖なる沈黙の見えないパワーの力を体感しました。(人間は弱いですね)
最終日を迎えて...
約12日間に渡った合宿は本当に時間や曜日の感覚が無く、軽い浦島太郎状態でした。
京都の山奥での約11日間の修行からやっと解放。
軽い浦島太郎状態。 pic.twitter.com/eSt6Bkdcw8
— 富樫栄孝(キングhide) (@hidetaka0908) 2018年7月28日
最後の瞑想を終えて荷造りをして朝食を食べてお世話になった宿舎全体の大掃除をして全行程の完了です。
やっと家に帰れるという半端ない解放感でいっぱいでした。
できるだけ早く家に帰りたかったので、タクシーの相乗りをするメンバーを事前に話しながら施設までタクシーを呼び、4人と相乗りして最寄駅まで行って京都駅に行き、観光もせずにすぐに新幹線に乗って帰ってきました。(台風が接近していたので)
食事は本当に最高でした!
心が折れそうになる合宿の日々でしたが、野菜中心のおいしい食事は本当に心の支えとなりました。
肉や魚や卵などは一切出ないベジタリアン料理が提供されましたが、元々子供の頃から肉が嫌いな私にとっては全然苦ではなく、野菜が沢山入った料理ばかりだったので食事は大満足でした。
玄米のおいしさや黒ゴマやみそなどの自然な味付けのものの良さを再認識しました。
この料理が無ければ多分脱落していた可能性が大だったので、料理をサーブしてくれたキッチンスタッフの方には最後に熱烈に感謝の言葉をかけました。
1度体験してみてもう1度修行してみたいと思うか!?
ゴエンカ氏からのアドバイスでもありますが、年に1回は続けてこの「10日間コース」を受講しなさいと言っています。
やはりたかが1回の参加では、ヴィパッサナー瞑想の体得は難しいからです。
音声動画はこちら。
私の今のところの手応えとしては、もう1度位は参加したいなと思いました。
あれだけ帰りたいと途中で思いましたが、やはりこの「ヴィパッサナー瞑想」の叡智とパワーは普遍的であると最後の方になるにつれて感じることが増えてきたからです。
それに完全なデジタルデトックスをした環境と京都の山奥の自然が心を多少なりとも浄化してくれるからです。
来年か再来年にまた行こうかなと思っています。(この気分ももちろん無常ですが)